延命寺の歴史
慶呼山 寶泉院 延命寺の歴史
延命寺の開基は常斉上人とされており、その記録は平安時代中期までさかのぼることができます。
その後、三度にわたる火災によって焼失しましたが、永禄10年(1567)頃、宇都宮広綱の家臣である小林豊後守が出城を築いた際、祈願寺として再建されました。
以後、祈願寺として多くの人々の信仰を集め、現在も祈願や先祖供養の寺として、その信仰を守り続けています。
日本 天台宗について
日本の天台宗は、今から1200年前の延暦25年(806)、伝教大師最澄によって開かれた宗派です。
最澄は神護景雲元年(767、異説あり)、近江国滋賀郡、琵琶湖西岸の三津(今日の滋賀県坂本)で、三津首百枝(みつのおびとももえ)の長男として誕生。幼名を広野(ひろの)と呼ばれました。
早くからその才能を開花させ、12歳で近江の国分寺行表(ぎょうひょう)の弟子となり、宝亀11年(780)に得度、延暦4年(785)に奈良の東大寺戒壇院で具足戒を受け、国に認められた正式な僧侶となられたのです。
受戒後3ヵ月ほどで奈良を離れ、比叡山に分け入り修行の生活に入られました。そして若き僧最澄は願文を作り、一乗の教えを体解(たいげ)するまで山を下りないと、仏に誓いました。その後、延暦7年(788)に一乗止観院(後の根本中堂)を創建、本尊として薬師如来を刻まれました。
住職 挨拶
ホームページをご覧の皆様、初めまして延命寺 42世 啓峰と申します。このたび、当山のホームページを新設することとなりました。
平成24年より延命寺住職に就任致しまして、時代は平成の世がおわり、新時代の幕開けとなる「令和」の代に入っております。就任以来、もっと延命寺の祈願、供養の力をたくさんの方々に知っていただき、多くの皆様の支えとなる寺になるために日々考えている所で御座います。
これから更に、お護摩祈願、御供養、などをとおして皆様の日常の支えとなる寺院を目指し、日々精進してまいりたいと思っております。
どうか今後におきましても慶呼山延命寺を宜しくお願い申し上げます。